開化開導 ―浄土真宗の教育   <第3講>
                             真城 義麿 氏
(2007年10月12日)
 本講座は、名古屋教区教化センター研究生の教化研修の一環として、開講しました。
 真城義麿氏は、大谷大学修士課程終了後、大谷中・高等学校で十五年間教壇に立たれた後、自坊の法務に従事。過疎と高齢化が進む田舎での生活の中で、まさに老・病・死が日常生活の中にあふれていることを強く実感されました。
 そして、再び大谷中・高等学校の校長として着任される中で、「学校」という場が、老・病・死を排除し、健常者だけで運営される特異な場であることを再認識され、さらには特異なことに気づけない教育現場の現状の中に、現代社会が抱える諸問題の縮図が隠されていることを痛感されました。
 本講座では、そうした氏の体験から見出されてきた現代社会の闇と仏教理念を基とした教育のあり方を追求されている姿勢に学ぶべく、指導いただくことになりました。

■「戒」とは良い習慣を身につけること、「律」は悪いことを取り除くこと

 教育ということを考えた時に、どこからが教育なのかという問題が起こります。生まれてすぐからが教育なのか、幼稚園からが教育なのかと。そういう時に、仏教の言葉で言えば戒、つまり生きるための良い習慣を身に付けるということは、とても大事なことです。そこで学校では、制服や校則があったりと、いわば戒にあたるようなものが様々にあるわけです。
 戒律という言葉は中国でできたのですが、本来、戒と律とは別のものです。インドの言葉でいえば、戒はシーラ、自発的な心がけや姿勢です。律はヴィナヤ、こちらはルールですから罰則があります。戒と律には罰則の有無という違いがあります。不殺生戒と言っても、殺生したからといって罰せられるということではないのです。戒は「こうしましょう」という自発的なものですが、不殺生とか不偸盗など「不」があるから、「してはならない」というように訳されたのだと思います。けれども、元のインドの言葉で言えば、「何々から遠ざかる」という意味で、不殺生について言えば、「命あるものを傷つけたり、殺したりすることから遠ざかるように心がけて生きていきたい」という意味です。律の方ではもっと細かく殺生についての規定があるのです。律は元々、抑制を意味し、悪いことを取り除くという意味で、やってはいけないということなのです。
 では、何のために戒が制定されたのかというと、人間が弱いということを徹底的に見つめているからです。人間が弱いから色んなものに引きずられるのです。つまり、私たちは完全に「何をしてもいいよ」と言われた時には、なかなかきちんとセルフコントロールしながら生きていけないのです。自分でかけることのできないブレーキをかけてくれるのが戒なのです。戒は縛るものではなく、その逆で、自由にするためのものです。制服は何のためにあるのかというと、子どもたちを守る為にあるのです。卒業式に脱ぐ為に、脱いでも生きていけるようにするために、三年間制服を着せているわけです。制服を着ている間は、様々な周辺的な誘惑や欲というものからちょっと自由になって、もうちょっと内面的なことに意識を注ぎましょうということです。自由というのは、自分のちょっとした欲やわがままや、やりたいことが実現できることとは全く違います。
 戒とは基本的によい習慣だということをまず知っていただきたいのです。よい習慣が身に付いていれば、人が見ていようが見ていまいが悪いことはしなくなります。習慣にしてしまえば何でもないことはいっぱいあります。挨拶でも習慣になれば何でもないことですが、それをわざわざしようと思うと結構努力と強い意志がいるのです。「せなあかんな」って思っているとすぐ忘れます。後から気付きます。ですから習慣にするということは、とても大事なことなのです。
 
■自由とは?

 住蓮(じゅうれん)、安楽(あんらく)という人が今からちょうど八百年前に首を斬られました。自らの自由を貫くために、首を斬られてでも念仏を称えることを譲らなかったのです。聞法したら生きる姿勢が変わるわけです。生きる姿勢が変わると表現も表情も全部変わります。そうした時に住蓮も安楽も、念仏を称えることが人生の歩みにおいて初めて最優先のことになっていったのです。建永二(一二〇七)年の二月九日、安楽は御所まで連れてこられて、後鳥羽上皇の首検分があって、最後の最後「お前が二度と念仏称えないのであれば、今からでも首を斬るということは許して流罪にしてやるけれども、どうなんだ?」と後鳥羽上皇は尋ねます。安楽は言われたもとから「南無阿弥陀仏」と念仏申すわけです。それで六条河原に連れて行かれて首を斬られるわけです。自由とはそういうものなのです。
 私は中学を卒業してから、今勤めている大谷高校へ入学しました。その当時、愛知県出身の尾張中学の大先輩、広小路亨という校長先生が何かの折りに自由のことをお話してくださいました。その時の広小路先生の自由の定義とは、「人間に生まれた限り、どうしてもしなければならないことがある。私が私に生まれた限り、一生かかってでもどうしてもやり遂げなければならないことがある。そのことが様々なことによって妨げられずにできる権利のことを自由と言うんだ」これがその当時の広小路先生のお話です。
 だから自由とはちょっとした好き勝手なことが邪魔されずにできるというようなことではない。私が人間として生まれた限り、このことだけはどうしても実現しなければならない。そのことが性別、身分や貧富の差、体の不自由によって妨げられるようなことがあってはならない。私たちが本来しなければならないことを妨げられずにできる。安楽は、自分は念仏を称える以外の生き方は自分にはないということがはっきりしたように、それをやり続けるということが自由だと思うのです。
 
■戒の生活は信心の生活と同じ

 私は二十代の前半にビルマ(ミャンマー)で、少しだけ出家生活をしたことがありましたが、それ以前に日本で沙弥(しゃみ)になったことがありました。当時、浜松でパーリ仏教セミナーというのが毎年開かれていました。その当時、日本では最高の先生方、水野弘元氏や中村元氏の直弟子たちが六泊七日くらいで、ボランティアで教えてくれるのです。毎回そこにウェップラーというビルマ人の出家の長老がいました。その人は三蔵法師です。パーリ語の三蔵(経・律・論)が全部頭に入っている人です。何を質問しても、二、三日前にお釈迦さまから直接聞いたような口ぶりで話してくれるのです。昭和三十年代に日本に来て、日本語ペラペラで、ニコニコしながら話してくれるのです。
 ある時にその主催者である国際仏教徒協会の人が、「誰か沙弥になってみないか」と言ったので、私は手を挙げて、種智院大学の学生と二人で沙弥になりました。その場で頭を丸めて、南方上座部の衣、布きれを巻き付けるのです。沙弥は二枚、比丘(びく)になるともう一枚巻いて三枚です。腰巻きみたいなのを巻いて、あとは大きな布を巻き付けるのです。その時長老に「私は仏教を学んでいる者ですが、戒律を全然やらない宗派の仏教なんです」と、お尋ねしました。そうしたら、「知ってるよ。真宗だろ。君は戒律をちゃんと覚えようとか守ろうとか思う必要は何もないよ。あなた方、真宗の方には信心というものがあるのでしょ。信心に則って生活をするということは、すべての戒律を守って生活するのと同じことなのですよ」とおっしゃったのです。戒律は生活を整えるための手段ですから、目的ではないわけです。
 その時にまた、お釈迦さまから直接聞いたかのように話をされました。「お釈迦さまの時代に、たくさんある戒律を全部覚えることができないからと言って、お釈迦さまのところに行って『私は戒律が覚えられないので、出家者として資格がないからやめないといけないでしょうか』と相談に来た人がいました。お釈迦さまはその人に向かって『すべての戒・律を覚える必要はない。一つだけ、心を清浄にするということだけ考えていれば、すべての戒・律を守っている生活と同じなのだよ』とお釈迦さまはおっしゃった。だからあなたも信心に則った生活をすればいいんだよ」と。
 「信心」という言葉の元の言葉を直訳すると「心清浄」です。この信心の中には戒も定も慧も(三学)全部含まれるのです。信心には形式は関係ない。様々な威儀やルール、規則から完全に自由になって、ダイナミックになって生きるのが信心の生き方なのだと、ついつい思っている人がいるかもしれませんが、それは全然違うということです。戒というのは簡単に言えば生活なのです。良い生活習慣ということですから、信心と戒は直結なのです。戒の生活は、実は信心の生活と同じなのです。
 (※この講演録は加筆・訂正したものです)

真城 義麿(ましろ よしまろ)
1953年、愛媛県生まれ。大谷大学大学院修士課程修了。真宗大谷派善照寺住職。1997年から京都 大谷中・高等学校校長。
著書『つながりを生きよう』(東本願寺出版部)ほか

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