『唯信鈔文意』に学ぶ ―宗祖と同朋の人びと <第3講>
神戸 和麿 氏(2005年7月25日) |
教区・組の教化活動を担う若手僧侶の育成を願い行われている教化センター研究生制度の基礎講座として、神戸和麿氏による「『唯信鈔文意』に学ぶ−宗祖と同朋の人びと」が行われた。
その抄録を掲載し、私たちの生活の周辺にある様々な問題を通して、このテーマから浮びあがってくる課題を共有していければと思う。 |
『唯信鈔文意』
親鸞聖人著。同じ法然上人門下の兄弟子にあたる聖覚法印が「念仏の要義」を簡潔に述べた『唯信鈔』に引用されている経文等について注釈したもの。聖人はたびたび『唯信鈔』を書写し、門弟にその味読を勧めていたことが御消息からも知られる。
現存する『唯信鈔文意』の中で、聖人の真筆とされるものは2 冊あり、いずれも高田専修寺に伝わる。奥書には、それぞれ康元2(1257)年と記されており、聖人85歳の筆である。また現存する古写本の奥書によれば、建長2(1250)年(親鸞78
歳:盛岡本誓寺本)が最も早い年次を記しており、これが著述年次されている。(参考資料『親鸞聖人真蹟集成』8巻) |
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■信心同一
「唯信抄」というは、「唯」は、ただこのことひとつという。ふたつならぶことをきらうことばなり。また「唯」は、ひとりというこころなり。「信」は、うたがいなきこころなり。すなはちこれ真実の信心なり。虚仮はなれたるこころなり。(『聖典』p.547)
「唯信」ということについて、私は『歎異抄』の「後序」の言葉を思い出します。そこには信心の諍論が示されています。若い親鸞聖人が、私の信心と法然上人の信心は一つだと言った時、年老いた勢観房と念仏房は、どうしてあなたのような若造と法然上人の信心が一つなのかと。これに対し親鸞聖人は、智恵才覚においては天と地ほどの違いはあるけれども往生の信心においては一つだと。「如来より賜わりたる信心」であるという有名な問答があります。そこでは本願において一つというのではなく、信心において一つ、信心同一という問題があるわけです。
ご承知のように法然上人は領地争いでお父さんが殺され、そして仏陀の道を求める。親鸞聖人は早く父母を失う中に道を求める。宿業においてはみな違います。私たちの生き方も宿業においては違うのです。本願同一、本願の中にある同一性ということであるならばよくわかりますが、信心が同一だということになりますとどういうことかと考えてしまいます。そこに如来回向の問題があるわけです。そのような意味で『歎異抄』「後序」を念頭において、この「唯信」という問題を、また他力の信心の目覚めを考えていくということが大切ではないかと思います。
■「名」と「号」
次に法照の『五会法事讃』の文が示されています。そこで尊号ということと御名ということを二つに分けられています。
「尊号」ともうすは、南無阿弥陀仏なり。「尊」は、親鸞聖人御絵伝「 信心諍論の段」とうとくすぐれたりとなり。「号」は、仏になりたもうてのちの御なをもうす。「名」は、いまだ仏になりたまわぬときの御なをもうすなり。(『聖典』p.547)
「号」、こちらは果上、覚りです。果上は光明です。また「名」こちらは因位です。因位といいますのは、『大無量寿経』での阿弥陀(果上)、法蔵菩薩(因位)の自覚内容、はたらきです。釈尊は、紀元前五世紀にインドの国に生まれ、勤苦六年の修行をされて、菩提樹の下で覚りを開かれた歴史上の一人の偉人です。ところが阿弥陀となりますと何かわかりにくい。お釈迦さまが一如、真如法性に目覚められたことを、『大無量寿経』には「吾当に世において無上尊となるべし」と説かれています。ところが八相成道の最後へいきますと、「群生を荷負してこれを重担とす」と。私は真如法性を見つけたという名告りで終わっていない。もしそこだけで終わるのならば“
お山の大将我一人”ということです。釈尊の目覚めは、どこまでもこの世の苦悩の群生の課題を荷負した根元の命(真如法性)のことです。
私たち一人ひとりがこの世を生きるということは、自我の思いの中に、一人ひとりが宿業にあえぎ、この世を生きている。つまり衣食住の問題、あるいは愛憎違順に苦しむ。そのような衆生の重い課題を担い生きている。そういう私たちに生命の根元、法身の光を教え、灯して下さった。そのような意味で阿弥陀といいました時には光明無量、寿命無量です。よくいわれますように“ 華”は生命の“ 根”の象徴である。華は果上でしょう、根は泥(煩悩)の中です。根は因位です。釈尊の見出した法身が釈尊一人に私有されるものでなく、この世に苦悩して生ける衆生、闇の中に生きる衆生に光明、光が灯されたのです。どこまでも流転し、さまよって生きる私たちに真如の宝を恵もうと。ですから名号に喚び覚まされるということは、「仏になりたもうてのちの御な」です。「仏になりたもうてのちの御な」とは覚られたところの法身です。それがいまだ仏になりたまわん所の衆生・闇の中に生きる衆生に闇を包み、“ 衆生の闇を破らん”と喚び覚ます。生老病死の不安、苦悩する衆生を包んだ、「いまだ仏になりたまはぬときの御な」、御名のはたらきです。
名号の因位と果位、つまりそのことは、名号は名詞ではなく、動詞です。私たちを目覚ましめるはたらきです。
■本当に立つ「存在の故郷」
私たちの人生は、碍り、問題のある人生です。病気になり、また人間関係がもつれたり、そんな時に悩む。そのことが無明です。無明とは、『一
智慧の欠如体です。『一念多念文意』には、
凡夫というは、無明煩悩われらがみにみちみちて、欲もおおく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおおく、ひまなくして臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえずと、水火二河のたとえにあらわれたり。(『聖典』p.545)
とあります。やはり凡夫ということは無明煩悩です。真理に暗い煩悩の身ですから、どこまでも自我分別を中心とした在り方を生きています。自我分別とは、優れているとか劣っているとか、大きいとか小さいとか、そうやって比べる中に自分を位置付けていくあり方です。我執、深い自己愛です。常に怒り、腹立ち、嫉みという中に日々を生きている存在です。名号とはそのような私たちを生命の根元、法身、法性、真如に目覚めよと喚び覚ましてくるのです。
そういう意味で、名号に喚び覚まされるということは、『大無量寿経』で言われている「一切の恐懼(おそれおののくもの)に、ために大安を作さん」という国土です。本当に立つ所。龍樹の言葉でいえば「如来の家」。安田理深師の言葉でいいますと、「存在の故郷」です。そういう存在の故郷を私たちに開いてくるのです。ですから「設我得仏、十方衆生、至心信楽、欲生我国」、その如来の願心は、私の目覚めた国に生まれて欲しいという如来の誓いです。それが私のところに成就するのは、「聞其名号、信心歓喜、乃至一念、至心回向、願生彼国」―。名号の喚びかけを聞き、目覚め、本当のいのちの歓び、いのちの充足を知り、彼の国に歩み続けていこうという歩みが始まります。私たちにとって如来の「欲生我国」は「願生彼国」の歩みになるのです。教えに遇うということは、私たちのいのちが、私たちの生きていく人生が、本当に立つ存在の故郷というものを見つけるということです。
つまり、名号(念仏)の「唯信」の自覚が大事です。世親の言葉でいえば「世尊、我一心に、尽十方無碍光如来に帰命して、安楽国に生まれんと願ず」。我一心の信念、目覚めです。ですから信心とは、たんに信心に留まるのではなく、そこには御名に呼び覚まされて三界を超えて歩む道、願に生きるということです。
(※この講演録は加筆・訂正したものです)
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神戸和麿(かんべかずまろ)
1939年名古屋市生まれ。1962年、同朋大学文学部仏教学科卒業。1967年、大谷大学大学院博士課程満期退学。大谷大学教授を経て、現在、大谷大学名誉教授、同朋大学特別任用教授、博士(文学)、西照寺住職。著書『清沢満之 その思想の軌跡』『清沢満之の生と死』(以上法藏館)、『浄土論註・観経疏(大乗仏典5)』(中央公論新社)
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