『唯信鈔文意』に学ぶ ―宗祖と同朋の人びと <第6講>
神戸 和麿 氏(2006年3月13日) |
教区・組の教化活動を担う若手僧侶の育成を願い行われている教化センター研究生制度の基礎講座として、神戸和麿氏による「『唯信鈔文意』に学ぶ−宗祖と同朋の人びと」が行われた。
その抄録を掲載し、私たちの生活の周辺にある様々な問題を通して、このテーマから浮びあがってくる課題を共有していければと思う。 |
『唯信鈔文意』
親鸞聖人著。同じ法然上人門下の兄弟子にあたる聖覚法印が「念仏の要義」を簡潔に述べた『唯信鈔』に引用されている経文等について注釈したもの。聖人はたびたび『唯信鈔』を書写し、門弟にその味読を勧めていたことが御消息からも知られる。
現存する『唯信鈔文意』の中で、聖人の真筆とされるものは2 冊あり、いずれも高田専修寺に伝わる。奥書には、それぞれ康元2(1257)年と記されており、聖人85歳の筆である。また現存する古写本の奥書によれば、建長2(1250)年(親鸞78
歳:盛岡本誓寺本)が最も早い年次を記しており、これが著述年次されている。(参考資料『親鸞聖人真蹟集成』8巻) |
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■無量寿仏が「住立空中」されたことの意味
先回につづいて「自来迎(じらいごう)」という事を尋ねてまいりたいと思います。
『浄土論』の荘厳功徳を通しての「座功徳(ざくどく)」に示されていますのは『観経』の「華座観(けざかん)」の問題です。苦悩、煩悶している韋提希(いだいけ)に象徴される衆生に対し、無量寿仏は空中に住立された。仏が空中に住立されたということの中には、人間の方から仏の悟りを求め証していこうとするのではなく、仏の働きの方に力点があるわけです。仏の方から苦悩する我々のところに現前し、歩み出してくださるということが表されているのであります。
我々は、『大経』に説かれた弥陀の第十九願のとおり、諸々の功徳を積んでこそ仏の国・目覚めた国へ生まれることができるのだと考えるわけです。しかしながら、自力によって諸功徳を積んでいる中で機の自覚が生じ、我が身の分限を知っていくわけです。そのようなプロセスを通して念仏往生の願に目覚めていくわけです。つまり、修諸功徳というものは、やはり人間を出発点とするということです。これまでの韋提希は「お釈迦様は偉い方だ」或いは教養として教えを聞いていたのです。ところが、実の息子(阿闍世あじゃせ)に牢獄の中に閉じ込められ、絶望の中からもう一度教えを聞き直そうと出発していく。私たちも道を求めていく中でいろいろと困難な問題にぶつかり絶望する事があります。日々大禍なく過ぎて欲しいと望んでいても、ひょっこりとマンホールの蓋を開けるように闇が覗いているのが人生です。そういう人生の壁にぶつかった韋提希は、諸々の功徳を積んで至心発願(ししんほつがん)して仏の国に生まれたいと願う。それが仏の方便の悲願なのです。
そのように人間の方から道を求め、仏の悟りの座の完成をめざし、そして、そのことを証明しようとするのですが、それができない。だからこそ仏の方から立ち上がって「住立空中」という姿で、どんな人も救われていく道が開かれていることが示されているわけであります。このことについて、善導大師は『観経疏(かんぎょうしょ)』において「立撮即行(りっさつそくぎょう)」といわれます。撮はつかむということで、手を差し伸べ、抱き上げ、衆生の行を荷負するということです。『観経』の冒頭に、耆闍崛山(ぎしゃくっせん)におられたお釈迦様が、阿難と目連を連れて王宮へ来られる場面がありますが、耆闍崛山というのは出世間をあらわします。これは悟りの座です。仏弟子を集めて説法しておられた時に、王舎城という王宮で大きな悲劇が起きた。これは世間です。出世間の智慧が世間であるところの王宮へ向かわれた。このことは、この娑婆を包んで、すべての人を仏の智慧の世界へ導こうというまさに「立撮即行」をあらわしているのです。衆生に手を差し伸べて、身をもって衆生の行になる道を開こうという仏の慈悲のあらわれなのであります。そこで親鸞聖人の領解を『唯信抄文意』で確かめてみますと、
「来迎」というは、「来」は、浄土へきたらしむという。これすなわち若不生者のちかいをあらわ
す御のりなり。― 中略 ―すなわち正定聚のくらいにさだまるなり。(『聖典』p.549)
■群萌の救い
「来迎」ということのひとつには、第十八願の「若不生者の誓い」ということがあるというのです。それから二つ目には、穢土をすてて真実報土に来たらしむ「無上の信心」。三つ目に「他力」。さらに、すべての衆生を救おうという「普賢の徳」と展開していきます。ですから、如来の悲願は、どこまでも念仏往生の願に目覚ましめるということなのです。
我々は「来迎」というと、藤原道長のように阿弥陀如来に糸を結んで、どうか私をお救いくださいという「来迎」を連想しがちですが、親鸞聖人の領解はそれとは違って、どこまでも方便を通して真実にいたらしめるという内容です。
『唯信抄文意』では、「いし・かわら・つぶてのごとくなるわれらなり」と表現されているような民衆、当時は武士もいます。日々生産のために、或いは殺し合いの中に生きなければならない衆生が、どうやって無上涅槃を得るかという課題がそこにあるわけです。
浄土の三経があらわしますのも、まさに群萌の一乗の道です。「いし・かわら・つぶてなるわれら」といわれるような民衆が、どこで救いの道を得るのかということが課題となってくるのであります。
■仏の来迎は自然法爾(じねんほうに)の道理
「自」はおのずからという。おのずからというは、自然という。― 中略 ―金剛(こんごう)の信心をうるがゆえに、憶念自然(じねん)なるなり。(『聖典』p.549)
親鸞聖人は、仏の来迎は自然法爾(じねんほうに)の道理だというのです。名号の喚(よ)びかけは、煩悩に沈み地獄を造る私たちに法蔵を開く(為衆開法蔵いしゅうかいほうぞう)はたらきであるとしめしておられます。
煩悩の泥の中に生きる私たちに法蔵の願心を開いてくるはたらき。決して人間が作ったり探すものではない。我々は「自然(しぜん)」といえば、常に自分の都合のいいように造っていく対象としか見ていないんじゃないでしょうか。たとえば、「あそこの山に杉を植えたら少し儲かるだろう」などという貧弱な自然観なのです。それは、いつも自我意識から操作されてくるものなのです。
しかし、親鸞聖人の場合は、「自はおのずからという」そして「然(ねん) というはしからしむということば」といわれます。それは名号が開くということであり、法の道理を示しているのです。だから地獄一定とか、愚痴・十悪の法然房など、そのような自分自身の罪業性や凡夫の身に目覚めていく道。それが南無、如来の招喚です。呼び覚ますのです。
例えば、諸行無常(しょぎょうむじょう)という真理は探すものではない。諸行無常とは、私の生命(いのち)の根底はもう二度と帰ってこない一瞬一瞬の厳粛な流れの中に生きているということです。諸法無我(しょほうむが)ということも、やはり水とか空気とか様々の恩恵を受けてここに生命が授かっている。これは探すものでも何でもないわけです。生命は一瞬一瞬に永遠を宿している。ところが、その一瞬一瞬の無限の功徳を賜っていながら、いつもそれを見失って右往左往して流転している我が身の事実があるわけです。そのようなところに、「愚」といわざるをえない自身を見出すのです。そして、念仏の喚びかけに我が身が仏願に乗託する如来回向の願心に目覚める。ここに回向の主体の転換が自ずから生じてくるのであります。
(※この講演録は加筆・訂正したものです)
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神戸和麿(かんべかずまろ)
1939年名古屋市生まれ。1962年、同朋大学文学部仏教学科卒業。1967年、大谷大学大学院博士課程満期退学。大谷大学教授を経て、現在、大谷大学名誉教授、同朋大学特別任用教授、博士(文学)、西照寺住職。著書『清沢満之 その思想の軌跡』『清沢満之の生と死』(以上法藏館)、『浄土論註・観経疏(大乗仏典5)』(中央公論新社)
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