| 『唯信鈔文意』に学ぶ ―宗祖と同朋の人びと <第9講> 神戸 和麿 氏(2006年9月1日) |
| 教区・組の教化活動を担う若手僧侶の育成を願い行われている教化センター研究生制度の基礎講座として、神戸和麿氏による「『唯信鈔文意』に学ぶ−宗祖と同朋の人びと」が行われた。 その抄録を掲載し、私たちの生活の周辺にある様々な問題を通して、このテーマから浮びあがってくる課題を共有していければと思う。 |
| 『唯信鈔文意』 親鸞聖人著。同じ法然上人門下の兄弟子にあたる聖覚法印が「念仏の要義」を簡潔に述べた『唯信鈔』に引用されている経文等について注釈したもの。聖人はたびたび『唯信鈔』を書写し、門弟にその味読を勧めていたことが御消息からも知られる。 現存する『唯信鈔文意』の中で、聖人の真筆とされるものは2 冊あり、いずれも高田専修寺に伝わる。奥書には、それぞれ康元2(1257)年と記されており、聖人85歳の筆である。また現存する古写本の奥書によれば、建長2(1250)年(親鸞78 歳:盛岡本誓寺本)が最も早い年次を記しており、これが著述年次されている。(参考資料『親鸞聖人真蹟集成』8巻) |
| ■念仏は不安を縁として涅槃を得るはたらき 「極楽無為涅槃界 隋縁雑善恐難生 故使如来選要法 教念弥陀専復専」(法事讃) (「唯信鈔文意」『真宗聖典』五五三ページ) 私たちは「南無阿弥陀仏」と称えます。これは古代インドで用いられたサンスクリット語の「ナマス・アミダ」です。これを、北インドの菩提流支(ぼだいるし)という人が、「帰命尽十方無碍光如来」と表現されたわけです。 曇鸞大師(どんらんたいし) は、この「ナムアミダブツ」というインドの言葉を漢語にした「帰命尽十方無碍光如来」を大事にされました。 天親菩薩が顕した『浄土論』の冒頭、「帰敬序」あるいは「帰敬偈」と申しますところに、「世尊よ、我一心に尽十方無碍光如来に帰命して、安楽国に生まれんと願ず」というお言葉があります。この場合の「世尊よ」と申しますのは、『大無量寿経』の会座におられる世尊です。『大無量寿経』の会座において本願の名号を説かれる世尊に帰命し、そしてそこに新しい「いのち」、つまり主体を見出して、私たちの魂を安んずる安楽国に歩ませていただこうという天親菩薩の表白です。そして、この天親菩薩のお心をいただかれたのが曇鸞大師であり、親鸞聖人は「正信偈」の中で、 本師(ほんじ)、曇鸞(どんらん)は、梁(りょう)の天子 常に鸞(らん)のところに向こうて菩薩(ぼさつ)と礼したてまつる。三蔵(さんぞう)流支(るし)、浄教(じょうきょう)を授けしかば、仙経(せんぎょう)を焚焼(ぼんしょう)して楽邦(らくほう)に帰したまいき。天親菩薩(てんじんぼさつ) の『論』、註解(ちゅうげ)して、報土の因果、誓願(せいがん) に顕(あらわ)す。往(おう)・還(げん)の回 向(えこう)は他力(たりき)に由(よ)る。正定(しょうじょう)の因はただ信心(しんじん)なり。惑染(わくぜん)の凡夫(ぼんぷ)、信心発(ほつ) すれば、生死(しょうじ)即(そく)涅槃(ねはん)なりと証知せしむ。必ず無量光明土(こうみょうど)に至れば、諸有(しょう)の衆生(しゅじょう)、みなあまねく化(け)すといえり。 (「正信念佛偈」『真宗聖典』二〇六ページ) と、示してくださっています。曇鸞大師は、「仙経(せんぎょう)」(道教)、つまり長生不死の法を陶弘景(とうこうけい) という人から習われるわけす。人間の「いのち」は有限ですから、病気にもなり、どんな人も死を迎えていかなければならない。たまたま五十歳頃に、『大集経(だいじつきょう)』十巻を注釈しておりました時に病気になられて、「この仕事を完遂するには長生不死の法を得なければならない」と思われ、陶弘景から長生不死の法を習い体得したのです。そんな折に、たまたま菩提流支に出会い、「どこまでも長生きできる仙経ほど優れたものはないでしょう」と得意になって語ったのです。すると、菩提流支は、「君、長生不死の法を得たというが、たかが二十年か、三十年か、百年くらいのことだろう。仏道は三界流転を超える道だ」と“パッ”と唾を大地に吐き捨て、そして一喝し、「浄教」(『観無量寿経』)を曇鸞に授けたというのです。 菩提流支に一喝された曇鸞大師は、「仙経」を燃やして、浄土教に帰され、後に天親菩薩の『論』(『浄土論』)を註解されることになるのですが、まさに、「正信念仏偈」に顕されているとおり、我々は惑染(わくぜん) の凡夫です。私も病気をしたり、惑いの多い惑染の凡夫です。そういう私たちは、如来の本願をいただく中に生死(しょうじ) という不安に向かい合う智慧をいただく。不安をなくすのではなく、不安を縁として涅槃(ねはん)を得る用(はたら)き、これが「念仏」です。煩悩をなくしてしまうのではなく、煩悩を縁として涅槃を得る道が本願の名号としてあらわされている。そういうことを「帰命尽十方無碍光如来」という十字名号の中に親鸞聖人も蓮如上人も見出され、大事にされているのです。 ■念仏が私の日常生活を喚(よ)び覚ます 我々はどこまでも「我」を中心として、あらゆるものとのつながりを見失っています。つまり真理に昏(くら) く、無明を生きているのが私たちでしょう。そのような私たちをどこまでも照らし、喚(よ) び覚ますのが如来の願心であり、如来の智慧、信心の業識なんです。この場合の業識は、私たちの生活意識、自我分別の意識です。その迷いの自我分別の意識が転じ、光明・名号のはたらきによって、法性法身に目覚め転じる。そのことは単に、客観的な「智慧や法は何か」という事ではなく、どこまでも生きていく生活の業、生活の中の目覚めです。ところが我々が頼りとしている自我分別の業識は、やはりどこまでも自己を中心として、夢を見させるのです。 私たちは自分の業識のみを中心としてしか生きられない愚かな「ものさし」を持っているのです。人間の自我心というのは、どこまでも気ままでわがままなんです。そしてそれが、不平不満と愚痴の世界を造り出し、自分に都合のいい夢を見させつづけていくのです。 しかし、そういう私が、法(ダルマ)の光と名号によって、私の日常生活が喚び覚まされていく。それを「招喚(しょうかん)」といいます。「お念仏」というのは、単に発音しているということではなく、「帰命尽十方無碍光如来」という、私たちを喚び覚ますはたらきを意味しているのです。「帰命」とは、招喚ですから、親鸞聖人のお言葉では、「帰せよ」と仏の方からの喚び覚ましなんです。私たちの我執から生ずる業識(分別)の判断は常に「一方」で、自分を中心としていますが、仏の法は人間に都合のいい願いごとではなく、十方を尽くすんです。 ■なぜ「尽十方無碍光如来」に目覚め難いのか 私は、毎週一回、京都の大谷大学に出かけるのですが、時間によってはたいへん混雑しているのです。すると汽車にたどり着くまでに何度も遮られますね。私自身は「こんちくしょう」と思いながら必死に他の人を押しのけ席に座るのですが。実は私が急いでいくためにどれだけの人を遮っているのか、そのことを忘れている自分があるわけです。私たちは皆、自己を中心とした価値観を有し、常に「一方」なんです。ところが仏の法は「十方」を尽くすというのです。どんな人も遍(あまね)く摂取し、照らし、そして無碍(むげ)なんです。まさに碍(さわ)りない「光」で闇を照らすのです。 だから自我を中心として夢見るような私を、「南無阿弥陀仏」つまり「帰命尽十方無碍光如来」は喚び覚ますのです。それはどこへ呼び覚ますかといえば、生命の根底にある「法」です。曽我量深(そがりょうじん)先生はよく「南無阿弥陀仏は法蔵魂ぞ」と言われました。「南無阿弥陀仏」と念ずることは“法の蔵”が開かれるということです。 「法」というのは、「サンズイ」に去ると書きますが、水がさらさら流れている様子があらわされています。「いのち」というものはそうでしょう。一瞬一瞬の二度とかえらない朝ごとに新しい厳粛さの中に流れているわけでしょう。そのような千載一遇の一生の「いのち」を賜りながら、空過しているのが私たちの姿です。御和讃にもありますように、 本願力(りき) にあいぬれば むなしくすぐるひとぞなき 功徳の宝海(ほうかい) みちみちて 煩悩(ぼんのう) の濁水(じょくしい) へだてなし (「高僧和讃」『真宗聖典』四九○ページ) 空過と煩悩の濁水に浸かっている私たちですが、しかし私の根底に流れているはたらきは「法」です。まさに「法の蔵」です。千載一遇の一生である。もう二度と訪れることのない「いのち」を生きている。それにもかかわらず空過し、流転し、毎日を無為に過ごしていく。そんな都合のよい煩悩の濁った水の中に関係性を生きる私たちを喚び覚ますはたらきがある というのです。 しかしながら、私たちの日常は家庭問題にしても、国と国との間でも、同時多発テロのような政治・民族・宗教の問題にしても、様々な問題に満ち溢れています。私たちは「尽十方無碍光如来」ということになぜ目覚め難いのでしょう。 これはみな自力(じりき)の善根(ぜんごん)なるゆえに、実報土(じっぽうど)にはうまれずと、きらわるるゆえに、「恐難生(くなんしょう)」といえり。「恐(く)」は、おそるという。真(しん)の報土(ほうど)に、雑善(ぞうぜ)) ・自力(じりき)の善うまるということを、おそるるなり。 (「唯信鈔文意」『真宗聖典』五五四ページ) 親鸞聖人は、真実報土に生まれ難いと押さえられた上で、「恐難生」と言われます。通常「恐」を「おそらく」と読みます。「真仏土巻」でも『法事讃』でも「おそらく」です。ところが『唯信鈔文意』では「おそる」と注釈されています。「おそらく」だと、「十中八九生まれることができない」ということなのでしょうが、これを「おそる」と読まれているのです。そこにはどんな問題があるのでしょう。仏智の光に照らされながらも、人間の持つしぶとい執着は、常に自らを正当化していくということをあらわしているのだと思います。 広島や長崎をたった一発の爆弾で消滅させてしまうような原子爆弾を作り、使用したということは、深い罪を背負ったことなんだと思うのです。現に、オッペンハイマーという人もその「罪悪性」を自覚しているのです。もし、人間がそのことに気づいたのならば、やめればいいのです。ところが、どんどんそのことが世界に広がっている現実があるのです。そして、正義のための殺人が当たり前になってきている。これは人間の自力心を基とした知恵を頼りとしていることの結果なんです。親鸞聖人の場合はそれを「おそる」と表現された。このことは、親鸞聖人がご自身の中に「おそる」べきものを見出され、受け止めていかれた「懺悔(さんげ)」の表明でもあると思います。そういう意味で、どこで私たちは「帰命尽十方無碍光如来」ということをどのように受け止めていくかということが問われてくるのだと思います。 (※この講演録は加筆・訂正したものです) |
| 神戸和麿(かんべかずまろ) 1939年名古屋市生まれ。1962年、同朋大学文学部仏教学科卒業。1967年、大谷大学大学院博士課程満期退学。大谷大学教授を経て、現在、大谷大学名誉教授、同朋大学特別任用教授、博士(文学)、西照寺住職。著書『清沢満之 その思想の軌跡』『清沢満之の生と死』(以上法藏館)、『浄土論註・観経疏(大乗仏典5)』(中央公論新社) |
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