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図書・視聴覚紹介

教化センター所蔵 オススメ蔵書

このページでは、教化センターが皆様に“オススメ”したい蔵書をご紹介します。
教化センターは、どなたでも利用できる仏教図書館です。
ぜひ、お気軽にお越しいただき、紹介の図書や視聴覚教材もご利用ください。

開館日 平 日(午前10時~午後9時)
休館日 土曜日、日曜日、祝日(臨時休館あり)

貸出期間 図書:2週間 / 視聴覚教材:1週間

 

図書検索はこちらから

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』

アレン・ネルソン  著(講談社)

アメリカの海兵隊員として、ベトナム戦争の前線で戦い、多くのベトナム人を殺してしまったアレン・ネルソンさん。彼は過酷な戦場の中で徐々に人間性を失い、アメリカに帰国してからも精神的後遺症に悩まされていました。

そんな彼に、戦争の体験を小学校で話すという機会が訪れました。そこで女の子から問いかけられた

「あなたは、人を殺しましたか?」

という一言。その問いかけに対しネルソンさんは、じっと目を閉じ「YES」と答えました。すると、女の子は彼を優しく抱きしめて「かわいそうなミスター・ネルソン」と泣いてくれていました。

その瞬間、ネルソンさんの中で何かが溶け、自分自身のことがよく見えるようになったそうです。

ネルソンさんにとって、女の子の一言は、罪を犯した自分を許してくれる優しさとの出会い、そして自分の罪深さと向き合って生きていくきっかけとなったのでしょう。

戦地での強烈な体験、どんどん変わっていってしまう自分、そして女の子の一言による救い。

ネルソンさんの姿を通して、人間として生きるとはどういうことなのかを考えさせられます。


【分類番号 319-43】


【分類番号 209-13】


(業務嘱託 加藤 淨恵)

※『名古屋御坊』2017年9月号 掲載

『あいうえおの本』

安野 光雅  著(福音館書店)

この本は、左のページには「あ」から始まる50音順の平仮名が、そして、右のページにはその平仮名にちなんだ絵(例えば「い」の右のページには、家や犬や犬小屋など)が大きく描かれています。

2歳の息子と一緒に読もうと思い、「あ」から始まって「な」まで来たところで、

あれっ?
もしかしてページに謎解きが仕込んであるのかも…

と気づき、好奇心をそそられました。

そこで最初のページに戻って、「あ、い、う、え、お…」と順番によく観察してみると、やはり謎解きが仕込まれていました。思いもよらず、息子よりも私の方が『あいうえおの本』に夢中になってしまいました。

言葉と絵を交互に見ることで、言葉ってなんだろうと改めて考えさせられる機縁となった一冊です。皆さんもぜひ、ページに仕込まれた謎に挑戦してみてください。


【分類番号 726-233】


(職員 服部 岩光)

※『名古屋御坊』2017年8月号 掲載

『村長ありき -沢内村 深沢晟雄の生涯』

及川 和男  著(れんが書房新社)

「僕たちは守られて生まれてきました」

この言葉は、岩手県沢内村(現 西和賀町)で生まれ育った青年の言葉だ。それを聞いた時、とても驚いたのを覚えている。なぜなら私は「頼んでもいないのに、こんな私をなぜ生んだのだ」と、この世に生を受けた“私”を肯定できないでいたからだ。

戦後、岩手県は乳児(1歳未満児)の死亡率が全国一だった。その中でも、沢内村は乳児死亡率が最も高い村、つまり日本で一番赤ちゃんが死んでしまう村だった。

その背景にある豪雪、貧困、多病多死という村の現実に、村長・深沢晟雄は「生命尊重」を行政運営の根本に据え、村の経済活性化、医師・医療機関の充実、世代を超えた地域ぐるみの福祉を発展させた。そして、高齢者と乳児の“医療費無料化”を国に先駆けて実現させた。

深沢の熱意に動かされた村民一体の「いのちの行政」は、昭和37年、ついに日本で初めて「年間乳児死亡率ゼロ」すなわち、その年1人も乳児が死ななかったという偉業を成し遂げた。

行政とは、福祉とは、いのちのつながりとは何か。

深沢が駆け抜けた短い生涯は「君に託された願いは何だね?」と私に問いかける。


【分類番号 215-70】


(研究員 大河内 真慈)

※『名古屋御坊』2017年7月号 掲載

『字通』

白川  静  著(平凡社)

教化センターに勤めて以来、お世話になり続けているのが、今回ご紹介する『字通』である。

御聖教を漢字そのものの意味から紐解くとき、この書は有難い。とりわけ、獣骨や亀甲、青銅器に刻まれた文字を解き、古代文学の成り立ちを述懐した「設文」が目を引く。

例えば「生命」の「生」は発芽生成の象を示し、すべての新しい生命がおこること。「命」は神に祈り、その啓示として与えられるもの。そこからは、跪き、頭を下げ「礼拝」する人の姿が読み取れる。まさに人のいのちは「礼拝」にあることが「命」の字から言い当てられる。

氏が長い年月をかけてこの書を編纂されたのは「漢字文化を復権させ東洋を回復させたい」という願いから。

その願いとともに御聖教に向き合うとき、聖人が漢字一つひとつに込められたであろう弥陀の本願を聞信することで「帰命」なき自己を憶うのである。


【分類番号 813-25】


(主幹 荒山  淳)

※『名古屋御坊』2017年2月号 掲載

『15歳の寺子屋 「フラフラ」のすすめ』

益川 敏英  著(講談社)

「本はみなさんの中に眠っているものを呼びさまし、人生の案内人の役目を果たしてくれます」

そう話すのは、ノーベル物理学賞を2008年に受賞した益川敏英さん。「学びとは何か?」を切り口にして、自らの生い立ちから研究生活を送るまでの過程を、その時々に出あった恩師の言葉や書籍を手がかりに振り返っている。 

語られるエピソードから見えてくる、鋭い洞察力。この物理学者の原点ともいうべき視点を培ったのは、その時々に感じる素朴な疑問にあった。疑問は好奇心を揺さぶり、興味の対象が次々と新しいものに移っていったのだという。それを著者は「フラフラ」と呼んでいる。

ノーベル賞の受賞者と聞くと、自分とは全く違う遠い存在であるように思われるが「フラフラ」な生き方には誰もが共感する部分が見られる。

まさに人生を学ぶとは何なのかを考えさせる案内人となるだろう。


【分類番号 289-63】


(研究員 新野 和暢)

※『名古屋御坊』2017年1月号 掲載

『仏教説話紙芝居 くものいと』

原作:芥川 龍之介(すずき出版)

子ども達へ向け、芥川龍之介が書いた『蜘蛛の糸』。
その内容をご存知の方も多いことだろう。

多くの罪を犯したことにより、地獄へ落ちた犍陀多。しかし彼は生前、1匹の蜘蛛を助けていた。そのことをご存知だったお釈迦さまが、極楽から蜘蛛の糸を犍陀多のもとへと垂らすのだが、彼が登っている最中に糸は切れてしまう。

この作品は短いため、サッと読むこともできる。しかし、内容をじっくり考えると、実は多くの問いが含まれている。

私自身、ある先生が言われた「糸を切ったのは誰だと思う?」という問いは忘れられない。切ったのは犍陀多か、蜘蛛か、お釈迦さまか、それとも他の何かか。人それぞれ、答えと理由もあることと想像する。

そういった問いを大勢の人と共有するツールのひとつとして、今回は紙芝居の『くものいと』をご紹介した。

絵もあるので、本とは異なる印象をもって、内容を考えられるのではないだろうか。


【分類番号  779-81】


(業務嘱託 飯田 真宏)

※『名古屋御坊』2016年12月号 掲載

『演じてみよう つくってみよう 紙芝居』

長野 ヒデ子  著(石風社)

「紙芝居」とひとくちに言っても、膨大な量の作品がある。
そして、作品の選び方や演じ方などはどうしても自己流になってしまいがちであり「これでいいのだろうか?」という悩みはつきものだ。

本書は、そんな悩みに応え、演じ方や紙芝居の作り方まで、わかりやすく順を追って説明されている。

下読み、ページを抜く時の注意点、声の出し方などの事前準備。それは、演者と観客の双方が、その場を共にする一体感を作り上げていくための重要なステップだったのだ。

いつでも、どこでも、大人も子どもも一緒になって楽しめる紙芝居は、こんなにも奥深く、懐の深いものなのだと気づかされた。本書を読めば、いつもの紙芝居が違って見えてくること請け合いである。


【分類番号  375-34】


(業務嘱託 田島  晶)

※『名古屋御坊』2016年11月号 掲載

『キリンの子 鳥居歌集』

鳥居  著(KADOKAWA)

思春期とは、心身ともに子どもから大人に変化する時期を指すという。彼女の歌は、忘れ去っていた思春期の記憶-自分自身の原風景-を揺さぶる。

「すべての人の生きづらさに寄り添いたい」というテーマを常に考えてきた彼女の歩んできた軌跡は、波乱に満ちている。
幼き日に母が眼前で命を絶ち、児童養護施設でいじめに遭い、義務教育すら満足に受けることもできなかった。

彼女の唯一の楽しみは、拾った新聞で文字を覚えること。
後に師となる吉川宏志氏との文通を続けるうちに「辛い気持ちを短歌にしてみませんか」と誘われたことで、才能が開花していく。

私の日常の外に、孤独や貧困、暴力と隣り合わせの“生”がある。彼女はそれを、自らの血肉を切り出すように歌に紡ぎだす。

私はどのような眼でその“生”を見つめていくのか、歌集から問われている。


【分類番号  911-95】


(教務所員 瑞慶覧 真希子)

※『名古屋御坊』2016年10月号 掲載

『本当に行きるとは、どこで成り立つのか -お内仏のある生活の回復-』

本多 雅人  著(北海道教区坊守会連盟)

現代の生活の中において、住宅事情や信仰心の希薄により、お内仏を安置する家庭が減少しているように思われる。その背景には、お内仏の存在意義が不透明になっていることがあるのではないだろうか。

本書において本多雅人氏は、

「真宗の救いとは、現実に真向かいになって、この人生を尽くしていくことができる真の“依り処”が、わが身の上に明らかになっていくこと」
「そのことを明らかにしてきた場所が“お内仏”である」

と述べている。

日々の生活の中で自分の思い通りにいかないことは多々ある。私たちはその原因を他に押し付け、自分自身の問題にすることなく生きている。本書によって、思い通りにいかずに行き詰まる私自身の姿を照らし出し、そのような私自身に出あう場所が、真の“依り処”としてのお内仏であると教えられた。

日々、様々な問題のただ中にいる私にとって、本当に生きるとはどういうことかを問い直された一冊。


【分類番号  S04-542】


(業務嘱託 二村 和敬)

※『名古屋御坊』2016年8月号 掲載

『教誨師』

堀川 惠子  著(講談社)

「死刑というものがある限り、誰かが、誰かがやらないといけない」

教誨師とは、矯正施設において受刑者の社会復帰のために、精神的救済や徳性の育成を目的として活動する宗教者のことである。ただ、死刑囚の教誨だけは事情が違う。それは社会への復帰ではなく、社会からの消滅を求められた人間に向き合うからである。

本書は、東京拘置所の教誨師として半世紀にわたって死刑囚と対話し、また死刑執行現場にも立ち会ってきた真宗僧侶・渡邉普相のドキュメントである。

現在、日本には確かに死刑制度が存在する。しかし、実際の現場で行われていることを知る人はほとんどいない。

それだけに、現場に立ち続けてきた渡邉の言葉一つ一つが、重く心に響いてくる。


【分類番号  S7-553】


(研究員 小島  智)

※『名古屋御坊』2015年9月号 掲載

『ゲド戦記Ⅰ 影との戦い』

ル=グウィン  著/清水 真砂子  訳(岩波書店)

舞台は、魔法が存在する架空世界アースシー。

若くして抜群の魔法の才能を持つ主人公・ゲドはある日、禁忌の魔法に手を出し、黄泉の国から邪悪な“影”を放ってしまう。影は執拗にゲドを追い、その体を乗っ取ろうと襲いかかる。
怯え、逃げ惑い、消耗し、追い詰められるゲド。しかし、かつての師匠のもとを訪ね、助言を得たことが状況を一変させた。そして長い旅路の末に、二人は世界の果てで対峙する。

この“影”の存在が、本書における最大のポイントだ。
なぜ、ゲドは禁忌の魔法に手を出したのか?
なぜ、影はゲドの体を欲するのか?
そして、ゲドは影との戦いにどのような決着をつけるのか?
すべての謎は影と共に動き、答えは影の正体へと集約されていく。

ゲドは後の続編で偉大な魔法使いとして登場するが、それも本書における影との戦いが無ければ存在しなかった物語だ。

ゲドが影との戦いから見出したものとは何か。その結末に、現実世界を生きる私自身の姿が問われ、心を揺さぶられた一作。


【分類番号  930-2-1】


(職員 寺西 賢静)

※『名古屋御坊』2015年7月号 掲載

『日本人の死のかたち -伝統儀礼から靖国まで-』

波平 恵美子  著(朝日新聞社)

私が僧侶になった20数年前は、まだ自宅で葬儀が執り行われていた。今では「ホール葬」「家族葬」「直葬」などの言葉が聞かれるようになり、自宅での葬儀はなくなり、複数の僧侶が葬儀に出仕する機会も少なくなってきた。

かつて「葬式仏教」なる言葉が聞かれ、自戒を込めて様々な死者儀礼を迷信として否定してきたが、いざ葬送の場から寺院が必要とされなくなってみれば、これからの寺院の行く末が心配になってくる。

本書を読んで、日本人の死者儀礼を知ると、かつての日本人の生き方が浮き彫りになる。地域共同体の中で営まれてきた様々な死者儀礼の中には、死が他のどのような出来事とも異なる最重要のものであることが明示されており、決して死をタブー視し、忌避し、真っ向から取り組もうとしなかったのではないとわかる。

本書ではさらに、日本人が培ってきた豊かな「死の文化」を、管理・統合して「ヤスクニ」に導いていった国家の姿についても触れられており、現代社会が抱える様々な課題を紐解く視座を与えてくれる。

死者儀礼の中には「迷信」の一言では片づけられない様々な日本人の生き方が表現されていたのだが、今まで見過ごされてきた自身の歩みが問われた。


【分類番号  316-92】


(職員 蓮容  健)

※『名古屋御坊』2015年4月号 掲載

『いのちのまつり ヌチヌクスージ』

作:草場 一壽/絵:平安座 資尚(サンマーク出版)

この絵本は「いのちのつながり」についてのお話。

島にはじめてやってきたコウちゃんが、おもしろい形をした石の家の前で楽しそうにしている人たちを見つけ、そこにいたオバアに尋ねると、お墓参りと聞いてびっくりするところからはじまる。

「ぼうやにいのちをくれた人は誰ね~?」
「それは・・・お父さんとお母さん?」
「そうだねえ。いのちをくれた人をご先祖さまと言うんだよ」
「お父さん、お母さんって、ぼくのご先祖さまなの?」

と、またまたびっくり。
続きを読み進めていくと、驚きの仕掛けが…

この絵本に出あってから、子ども会やご法事などで読み聞かせを行っている。言葉では伝わりにくいことも、絵を通して、私が生まれるまでに数えきれない「いのちのつながり」があったことを教えてくれる。

ぜひ、お子さんやお孫さん、子ども会などで読んでみてはいかがでしょうか。


【分類番号  726-142】


(職員 林  博行)

※『名古屋御坊』2015年2月号 掲載

『ひろしまのピカ』

丸木  俊  著(小峰書店)

この絵本は、丸木俊さんが、広島の原爆を体験されたある方のお話をもとに、色々な方の原爆体験を織り合わせて作られたものである。

一家団欒の家族のもとに突然落とされた原子爆弾。
炎の中を裸で逃げ惑う人々。
死んだ赤ちゃんを抱いたまま川に消えてしまう女の人。
虹の下に横たわる、たくさんの死体。

どの場面を見ても原爆によって苦しんでいる人々の思い、戦争の悲惨さが強烈なインパクトで描かれている。

最後は「ピカは、ひとがおとさにゃ、おちてこん」という言葉で締めくくられている。子どものころ読んだ時は、戦争は怖いというイメージしか湧いてこなかったが、大人になって改めて読んでみて、この締めくくりの言葉が今を生きる私の胸に突き刺さってくる。

ぜひ、子どもにも大人にも読んでほしい一冊である。


【分類番号  726-132】


(業務嘱託 加藤 淨恵)

※『名古屋御坊』2014年12月号 掲載


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