1. ホーム >
  2. 教えにふれる >
  3. 読むページ >
  4. 御遠忌への道/御遠忌からの道(資料集) >
  5. 『名古屋御坊』編集委員が見た御遠忌

『名古屋御坊』編集委員が見た御遠忌

2016年4月22日~24日(前期)、4月26日~5月1日(後期)、「真宗大谷派名古屋教区・名古屋別院 宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌法要」が厳修された。『名古屋御坊』編集委員も法要参拝者として、記念行事参加者として、そしてスタッフとして、さまざまな角度から御遠忌を見ることができた。
それぞれが見て、感じた御遠忌を報告します。

真宗門徒の歩みに触れる「法宝物展示会」

 この度の御遠忌法要では、私は法宝物展示会「親鸞聖人と尾張門徒─その信仰のすがた─」展に没頭しておりました。完全にこの展示会に付きっきりで、実行委員一同、まさに“身を粉にして”臨んだことであります。もちろんこのような展示会が、貴重な法宝物をご出陳いただくご寺院ならびに諸機関様のご協力あってのことだということを忘れるものではありません。改めて皆様方に深甚の謝意を表しますとともに、特設展示場を設えてくださいました工事関係者様にも御礼申し上げます。
 また同時に、同朋大学の安藤弥先生にアドバイザーとして実行委員に加わっていただき、同朋大学仏教文化研究所のご協力を頂戴することができましたこともまことに心強く、そのご教示はとても有益でありました。準備の終盤に、安藤先生が佐渡島へお名号の借用に出向かれた際、悪天候で佐渡に足止めとなり、急遽もう一泊せざるを得なかったハプニング?もありましたが、おおむね順調に準備は進行し、返却も滞りなく完了いたしました。ここにご報告申し上げます。
 私自身にとってみれば、この展示会が御遠忌法要そのものでありました。宗祖の御真筆を目の当たりにして崇敬の念を新たにし、実際に先達が依用してこられたご本尊・お聖教を手にとって尾張の「土徳」を感得したことでした。そして、展示会場に足を運んでいただく少しでも多くの方に、真宗門徒の歩みに触れ、その歴史に連なっているとの自覚に立っていただきたいと願ったことであります。それがどの程度成し遂げられたのかは定かでありませんが、三五〇〇名を超える入場者を迎え、いただいたアンケートのコメントからも好評のうちに閉会することができたと自負しております。
 本展示会以外にも境内では様々な企画行事が催されました。その一つ一つが「無二の勤行」に他ならなかったと思います。決して本堂でのお勤めだけが御遠忌法要だったわけではありません。最後にそれを申し上げて結びといたします。 (小島 智)

ご縁のあるお寺での開催を願う「御遠忌同朋会」

 今回の御遠忌で初の試みである「御遠忌同朋会」。お待ち受け期間に四回、そして御遠忌法要中の二十七日~三十日までの四日間、計八日間実施されました。私が関わらせていただいたのは四月二十八日、宗祖の月命日にあたります。日程としては、お日中(午前)の法要をお内陣わきの飛檐の間にて参拝し、その後昼食をはさみ、同朋会ごとに午後の日程が違いますが、「せっかく皆さんがこの法要にお参りいただくのだから、この同朋会でしかできないことを……」と、午後はすべて座談(話し合い)となりました。
 座談ということは場を共有し、教え(念仏)を確かめ自らの姿、あり方をその教えに聞いていくことを主眼としています。〝七五〇回御遠忌なればこその座談〟、それを願いとしました。二十八日は六班体制で、私自身は講師というお役で、その中の三つの班でしかお話をうかがえませんでしたが、それぞれの班で日頃の思いなどがお話しされたようです。教えを聞き、その教えに自らの生き方を問う。日々の生活の中ではなかなかできないことです。今回ご参加くださった方々がご縁のあるお寺に持ち帰っていただき、その場でまた同朋会が開かれていく。それぞれが生き方を問う場を賜る、それこそが今回の御遠忌同朋会に願われていたことと、今あらためて感じております。 (犬飼 祐三子)

ともに学んだ「御遠忌同朋会」

 四月三十日、御遠忌同朋会参加の慶びを胸に山門をくぐり、境内を進み、受付では記念品、名簿をいただき、班を確かめ本堂の飛檐の間に入り、静かに待ちます。九時、荒山信先生の法話。「邪見憍慢悪衆生」の我らを教えられ、頭の上げようもない私を知らされて、問われます。
 日中法要は雅楽や厳粛なお経が堂内に響き、登高座、表白、行道散華と続く尊い儀式を間近に見て深い感動でございました。
 昼食後、境内の舞楽台で雅楽の調べにのり舞い踊られる華麗な古代の舞にあい、飛鳥時代の文化にふれる尊いご縁でした。
 班別座談は深く仏法を学ばれた方が多く、教えられました。ご夫婦の方、親子の方、「宗憲」を諳んじる方、皆さんお念仏を慶び、聴聞されている様子を語られ、教えられました。
 最後に先生が、親鸞聖人の念仏の教えが届いてきた歴史を尋ね、過去・現在・未来へと繋げる念仏相続が一人ひとりに願われていると申され、願われている私に気づき、身が引き締まりました。 (野田 てる子)

大事な問いが見えてくる 聞こえてくる「東別院広場」

 御遠忌期間中、東別院会館では、「東別院広場」として、現代社会における様々な課題について学び、語り合う、課題別展示会が開かれていました。
 私は、「時代に抗った念仏者」の展示に関わりました。「時代に抗う精神」「一人を見失わない」というテーマで、尾張出身の清澤満之師、髙木顕明師、小笠原登師が、その生涯を通して課題とされたことをパネルと年表で展示しました。
 ほとんど文字ばかりの展示パネルで、全部じっくり読んでいけば、相当時間がかかります。どれぐらいの人とこの課題を共有できるのか、と思いましたが、パネルを丁寧に読んでおられる人、内容について問いかけてくださる人、説明を求められた人、批判をしてくださった人、どの人も真剣に問いに耳を傾けてくださったように思います。
 特に、「時代」という問題を本当に丁寧に検証することは、その情況に抗わなかった多くの人々の姿に対して、なぜそのなかで大事な問題に気づくことができたのか、という本質的な課題を明らかにする上で重要であることを再確認しました。それが、「今」という私が生きている時代を見つめていく問いになるのだと思います。
 この「東別院広場」には、そこに関わった人ひとりひとりに問いがあります。その問いは、自分の生き方を根底から動かし、問われてやまない歩みとなっているように思いました。だからこそ、真摯に向き合う姿勢が、そこに出遇う人と響き合い、見過ごすことのできない問いとなって伝わるのかもしれません。この展示会を通して、来場してくださった方と出遇い、問いの呼応のなかで、問いの見聞のなかで、私自身、どこまでも問われ続けるものとして生きる一人でありたいと思っています。大事な時と場を、ありがとうございました。 (吉田 暁正)

私の有り様に出あわされた「寺カフェ」

 「東別院広場」で開かれていた「寺カフェ」は、法要参詣者や展示会見学者など、多くの方の憩いの場となっていました。
 「こんにちは」と気持ちよく出迎えてくださるスタッフの方々。セルフコーナーで振る舞われる美味しい飲み物。
コーヒー片手に談笑する姿、はしゃぎながら落書きボードに書き込む子どもの姿、飲み物の準備に奔走するスタッフの姿、法要中継のテレビに向かい静かに手を合わせる姿、たくさんの素敵な姿に出あうことができました。
その中でも「報ずべし(懺悔)」、「謝すべし(感謝)」ボード*へ思い思いに書き込む姿が印象深く、ボード一杯にたくさんのごめんなさいとありがとうの花が咲いていました。
いざ私も書こうとペンを持ちましたが、日頃無神経に懺悔も感謝もなく過ごしているせいか、なかなかペンが進みませんでした。
ただ楽しく一休みするつもりで訪れた「寺カフェ」で、思いがけず日頃の私の有り様に出あわされ、大切な問いかけを頂きました。(下間 寿昭)

無二の「伝統法要」に出仕して

 ─まばゆいばかりの内陣の中央、美しく修復された須弥壇の上に阿弥陀仏が御座す。私は手に華籠を持ち、厳かな声明の響きに包まれて阿弥陀仏の廻りを行道し、葩を散華する。私の手から放たれた葩は空を舞い、お浄土を顕した世界をお荘厳する。この法要に遇い得た歓び。今在ることの不思議─
 今回の御遠忌で勤められた法要は五十年前の七百回忌の法要の次第に則り、大変“重い”式次第となっていました。これは、宗祖の御遠忌であるということ、さらに何でも簡略化されていくご時世にある中で、あえて伝統を継承していくことによって、今日まで続いてきたものを次の五十年に繋げたいという強い願いがあってのことです。
 今回、私にとって二度とないこのような大法要に出仕させていただく機会を得ました。左隣に座られた本山堂衆の伽陀の発声が直接左耳に響いてきて、それだけでも心弾む思いでしたが、それに続いて力強く、且つ息の揃った声が右の耳を圧倒し、思わずその声の先の外陣に目を配ると、必死の形相でこの一座に渾身の力を込めて勤めておられる多くの准堂衆の姿がありました。
 また、目の前を往き来される係役の、一糸乱れぬ美しい所作は、唯、ただ、格好よく、惚れ惚れするばかりでした。
 この日のためにこうした方たちがどれほど精進されてきたか。そんなことに思い巡らしながら、この張り詰めた空気と行道散華の美しさを“記念写真”にして、私の心におさめたのでした。
 そして、こうして作り出された緊張感が本堂の隅々にまで伝わり、同朋唱和という形で多くのご門徒さんたちとの一体感を作りあげていったのだと思い至ったのでした。
 すでに、次の五十年の歩みが始まっています。時代に合わせながらも、先人たちの守ってきたものが大切に受け継がれていくことを切に願っています。(冨永 茂子)

「稚児行列」慌ただし

 五月一日、結願日中法要で行われた稚児行列に参列しました。当日は一〇〇〇人の子どもたちが稚児に参列するということで、別院周辺は朝から人で溢れていました。
 準備会場であるお東幼稚園で受付を済ませ、はじめに園内の遊戯室で化粧をしてもらいます。参加する子はまだ歩けない赤ちゃんから、小学生ぐらいの子どもたち。周りを見渡すと、至る所から泣き叫ぶ声が聞こえたり、寝転がってじっと化粧が終わるのを待っている子がいたりと様々です。それを微笑ましく、時に不安そうに見つめる付き添いの方々。ちなみにうちの息子は大泣きで暴れて、スタッフの方を蹴飛ばし、化粧も着替える前にはほとんど取れていました。次に衣装を受け取り、二階の各部屋に分かれて着替えです。これもまた化粧と同様、静かに着せてもらっている子もいれば、嫌がって着替えが進まない子もいました。そして幼稚園を出発し、別院の隣にあるテレビ局・メ〜テレから別院の参道を通って山門をくぐり、本堂まで練り歩きました。実際は練り歩くというよりも、ただ本堂に向かってフラフラと歩いたという感じでしたが……。行列には家族総出で子どもや孫の稚児姿を見届けようと参加されている方も数多く見られました。参列していた方が「連れて行く方は大変だけど、こんな機会はなかなかないし、いい思い出だよね」と声をかけてくださいました。
 何年か先、息子が別院での稚児行列に参列したことは忘れているかもしれませんが、この五十年に一度の御遠忌の法要にお参りしたご縁を大切にしてもらいたいと思います。この記事を書くために色々と取材ができたらなと思っていましたが、それどころではないくらい慌ただしく終わってしまった稚児行列でした。(堀田 沙紀)

〝何ごともおこらないように〟力尽くす「放声」

 私は伝統法要期間中、本堂の「放声」を勤めました。「放声」とは、分かりやすく言えば放送係のことです。注意事項や法話者のお名前を紹介するためのアナウンスのほか、法要や法話のためのマイクの設置、音量調節、録音などが主な業務になります。毎年の報恩講でも放声業務はありますが、御遠忌の場合は作業の内容がかなり違ってきます。今回、午前午後と団体参拝が実施されました。法要の度に堂内は多くの参詣者で埋め尽くされます。多くの方にお参りいただくことはまことに喜ばしいのですが、アクシデントの可能性も高まります。御遠忌法要中は、参拝部委員の皆さんが入堂退堂をはじめ、参詣者が気持ちよくお参りできるよう全面的にサポートされました。放声係としては、その参拝部の方々と細かく連絡を取り合い、特に一度にたくさんの人が移動する退堂の際のアナウンスに気を配りました。
 御遠忌はもちろん、「何か」を学び感じる為の大切な勝縁ですが、「何ごともおこらないように」全力を尽くした者たちがいたことを、ここに記しておきたく存じます。 (黒部 朋之)

五十年に一度の法要に「団体参拝」

 四月二十八日に団体参拝で別院にお参りしました。現地集合、現地解散という形でお逮夜(午後の法要)に参拝しました。あいにくこの日は御遠忌期間中唯一の雨となり、前日より雨具の準備を呼びかけて臨みました。集合場所は山門の前。五十年に一度の機会に立ちあえるという思いが自然と私を足早にさせます。別院の近くまで来ると、よく足を運んでいる名古屋御坊とは景色がまるで違って見えました。境内の混雑を回避してスムーズに引率できるかが心配でしたが、雨のせい(おかげ?)で思ったより屋外に参詣者は少なく、トラブルなく集まることができました。入堂に必要なワッペンと座席のチケットをご門徒に配布しながら入退堂の説明をしていると、向こうからやってきたのは御遠忌キャラクターの「千鶴ちゃん」でした。言葉は話しませんが身振り手振りで私たちを出迎えてくれているようでした。その愛くるしい姿にみんなが思わず笑顔になっていました。法要前に和んだところでいよいよ入堂です。堂内は外とはうってかわって満堂でした。私たちの席は柱のそばの通路近くの場所です。内陣の出仕者や外陣の様子を直接見ることはできませんでしたが、柱に設けられたモニターで普段見られない様子が映し出され、とても新鮮でした。
 二〇一一年に本山(京都市・真宗本廟)で勤まった御遠忌。たくさんの課題をいただいた御遠忌から早五年。ここ尾張の地で親鸞聖人と再び出遇うことは、五年前の課題と向き合ってこられたかどうかを確かめる契機となりました。(仲尾 覚)

相続される伝統に触れた「御遠忌参拝」(「縁儀」「展示会」)

 この度は、四月二十九日「中日中」の法要に団体参拝にてお参りさせていただきました。本堂に入堂し、始まるまでの間、周りにみえた方とお話しをしていると「東別院はそれ程遠くないのに普段なかなか来れないけど、今回はとてもよいご縁をいただいて、こうしてお参りができました」と、とてもうれしそうにお話しされていました。この御遠忌ではこのように思われて参詣された方も大勢いらっしゃることと思います。何百年もの時を経ても今こうして親鸞聖人を思い、同朋とともに手を合わせることができていることも、絶えることなく受け継いでこられた方々がおられたおかげと改めて感じました。
 法要では「縁儀」が始まり、本堂隣りの対面所の方から雅楽の音が少しずつ近づいてきて、笙・篳篥・竜笛の音が本堂の中に響き渡り、とても厳かな雰囲気に包まれて、全てが凛としていくようでした。
 その雅楽に続いて出仕される僧侶の方々が次々と入堂される様子も、普段見ることがないのでとても感動的でした。お勤めの中では、「正信偈」を、あの大きな本堂が満堂になるほどの大勢の人が唱和する光景を目の当たりにし、さらに感動し、この光景が何十年、何百年、何千年も続いてほしいと感じました。そのために今ここにいる私たち一人ひとりが、先人から受け継いできたように、次に渡していかなければいけないと思います。
 最後に別院内でいろいろと展示会があったので興味深く見せていただきました。その中でも、「親鸞聖人と尾張門徒─その信仰のすがた─」は圧巻でした。現存する貴重な法宝物が多数展示されており、先に歩まれた尾張の真宗門徒がいかに熱心であったかをうかがい知ることができました。何を受け継ぎ、何を伝えてくださったかを考えることでこれからの生活が変わっていくような気がします。  (八代 篤典)

▲ ページの上部へ