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  5. 第42回 入出二門偈

やさしい聖典道しるべ 仲野良俊

第42回 入出二門偈

(1)二種廻向の意義を明かす

この入出二門偈(にゅうしゅつにもんげ)は、略して二門偈、あるいは往還偈(おうげんげ)ともいわれていますが、代表的なテキストが二つありまして、聖人の直筆といわれている真蹟本(しんせきぼん)と、一般に広がっている流布本(るふぼん)とがあり、それぞれ字句に多少の違いがあります。
この中には天親菩薩の教えを先ず掲げ、曇鸞大師、道綽和尚、それに善導大師の四人の方の教えが盛りこまれていますが、最初の天親、曇鸞のお二人によって、真宗の要(かなめ)となっております廻向(えこう)の問題を明らかにしていられるのであります。

親鸞聖人は真宗を開かれた大事なお聖教、教行信証(きょうぎょうしんしょう)の最初に、真宗には二種の廻向がある、二種の廻向、それが真宗であると示していられます。だから廻向というものは、真宗の根本的な言葉になりますが、この言葉が中々分かりにくい言葉でありまして、難しく言えば切りがないし、簡単にやさしくいうと誤解を招きますので、みな苦労されているようであります。といって大切な言葉ですから言わずにおけないのでまことに困ります。
そのうちにうまく適確に言いあらわして下さる方があると思いますが、さし当たって廻向ということを、「心が・・・・に向かってはたらく」と言いあらわしたらどうだろうか、と思っています。廻という字がありますから、心が向きをかえるという意味が含められていることを見逃してはなりません。だから詳しくいうと、心が或る方向に向かっていたのが向きをかえて、或る方向にむかってはたらくと申さねばならないでしょう。

二種の廻向というのは、往相(おうそう)廻向と還相(げんそう)廻向であります。往相回向というのは、浄土に向かって心がはたらく、ということであります。これまでは娑婆に向かってばかり心がはたらいて、幸せになれるつもりで不幸を招き、満足に出来る筈と思って益々不満をかき立てて来た、その方向がとんでもない間違いだとお念仏によって知らされて、そこに一つの転換(廻心 えしん)がおこり、浄土へ向きが変って歩みだした、それがお経では往生といわれていることであり、天親菩薩や曇鸞大師の教えによると往相回向ということになります。

しかし私たちが浄土へ向かって歩み出すという往相回向に先立って、私たちをうながし、私たち往相回向せしめる、如来の廻向があったことに、無量寿経の「至心(ししん)に廻向したまへり」という経文を通して感得せられたのが親鸞聖人でありました。一切を目ざましめようというお心(本願)、南無阿弥陀仏というはたらきとなって、私たちを動かし、大きな方向転換を与えて下さったということ、歎異抄によれば私たちが念仏申さんと思い立つ前に、すでに「助けんと思しめし立つ」如来のお心がはたらいていたこと、これを如来廻向と頂かれたのは天親・曇鸞お二人の教えによられたのであります。

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