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  5. 第53回 入出二門偈

やさしい聖典道しるべ 仲野良俊

第53回 入出二門偈

(12)目覚めが目覚めを呼ぶ

天親菩薩のところで廻向について、礼拝、讃嘆、作願、観察は浄土に入る行であるけれども、第五の廻向については、浄土から穢土に出る、つまり浄土を背景として、穢土の人々を救うために、穢土に向かってはたらく菩薩の行であるとのべられていますが、それを親鸞聖人は曇鸞大師の浄土論註(じょうどろんちゅう、浄土論を解釈されたもの)を通して、この菩薩が法蔵菩薩であり、私たちに廻向して下さることであると受け取られましたために、廻向したまうと仮名をつけられました。そこでこの廻向を頂くことによって私たちは浄土に向かって歩むことが出来るのであると、前回は廻向を頂く私たち側から廻向をお話致しました。

ところが更に曇鸞大師の導きによって聖人は、私たちの上にも一つの廻向が成り立つことを見つけられました。ここに浄土真宗は完成したのであります。天親菩薩のご苦労もさることながら曇鸞大師の御功績も大変なもの、それによって真宗を樹立された聖人のお心の深さはまた格別であります。そこで教行信証(これは聖人が真宗を開かれた根本聖典でありますが)の一番始めに「謹んで浄土真宗を按ずるに二種の廻向あり、一つには往相(おうそう)二つには還相(げんそう)なり」と示されました。

廻向を二種に分けられた最初の方は曇鸞大師でありますが、聖人はこのことを非常に深く受け取られたのであります。往相回向というのは、前にも申しましたように、私たちが浄土に向かって歩むことであります。これはお経では往生(おうじょう)ということばに当たります。ところがもう一つの廻向、それは還相回向ということであります。還相というのは往相の反対で、浄土から私たち迷いの人間世界に向かうこと、何のためかというと、迷いの人間を目ざめさせたいという願いを実現するためでありましょう。

さきほどの法蔵菩薩の廻向したまうという廻向も、この還相回向であります。聖人はこれを如来の廻向とか弥陀の廻向と申されました。「弥陀の廻向成就して往相還相ふたつなり」という御和讃がありますが、如来の廻向を頂く(頂くことが成就)ところに、私たちの上に往相還相の二つの廻向が成り立つといわれるのでしょう。一体私たちにとって還相回向とはどんな意義を持つのでしょうか。

更に御和讃を見ますと、「往相回向の利益には、還相回向に廻入せり」と示されています。還相の廻向は往相回向の利益であるということ、如来の廻向によって私たちに往相回向(往相は信心)が成り立つと、その往相の心が、私を往相させて頂いた如来の深いお心、還相の廻向のお心に感動し動かされてこの世に仏法を実現したいと願うのであります。これは決して私の心ではありません。如来のお心に私が動かされるということ、だから私を動かすのが私でなく、如来のお心であります。

往相(信心)は私でありますが、だから天親菩薩は我一心と申されました。如来還相、如来のお心が私を動かし、いよいよ如来の仕事を成就されるのであります。

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