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やさしい聖典道しるべ 仲野良俊

第6回 浄土和讃

如来の国とその道 歌われた浄土へのガイド

三帖和讃の第一、浄土和讃には、大きく分けて二つの内容があります。一つは如来の世界、二つにはその世界に到達する道について、その真実にゆり動かされた感動をもって歌いあげられているのですが、先ず巻頭二首の和讃につづいて、讃阿弥陀仏偈和讃四十八種、大経和讃二十二種、観経和讃九首、弥陀経和讃五首、諸経意和讃九種、現世利益和讃十五首、大勢至和讃八首が収められています。

そこでこれらの一群の和讃のそれぞれの内容でありますが、まず最初の讃阿弥陀仏偈和讃というのは曇鸞大師のつくられた讃阿弥陀仏偈にもとづいてその意をやわらげ、はじめには仏を光としてあらわされています。光というものは暗がりにはたらくもの、暗がりは私たちの煩悩からおこる業や苦しみでありますが、それが開かれるということを光でたとえられています。これはとりもなおさず仏の智慧でありますが、それが私たちには信心として与えられるのであります。従って仏の徳ではありますが、私たちにとっては信心の利益でありましょう。

次いで菩薩方のことが出ていますが、これは仏の心に触れた人間は如来の心に生きる。そういう人を菩薩と申しますが、その人々のありさまが示されているのであります。終りに浄土のすがたが述べられてありますが、私たちから言えば信心によって開かれる世界の光景であります。

さて、次いで改めて浄土和讃という見出しをつけられて浄土三部経のお心が、大経、観経、弥陀経の順序に従って歌われています。これは浄土というものがどのようにして成立ったかといえば、言うまでもなく法蔵菩薩の四十八願であり、これが浄土の根でありますから改めて浄土和讃と見出しをつけられたのでしょう。この本願に自ら逢うて仏となられた釈尊は、自ら見出した本願と、私たちがそれに逢うことによって浄土を実現することの出来る道、言いかえれば本願の浄土と、それに至る道を説かれたのが無量寿経でありますが、それだけでは中々心の開かれない私たちのために本願への手がかりを示されたのが観経、阿弥陀経であります。それにつづいて釈尊一代の間の大切なお経、涅槃経や華厳経などを引いて歌われるのは、これらのお経も結局は本願によってはじめて成立つのであるということを示されたものでありましょう。

宗教は全人類の問題を自己一人の上に、永遠の問題を今、解決することであり、その解決を見出したことを現生不退といいます。それに対して、現世というのは、いわゆる娑婆五十年の日暮しということ、根本問題に解決が見出されたことを通して、暮しの問題に自ずから光がさしてくることを歌われたのが、現世利益和讃であります。

最後に大勢至菩薩を讃えられますが、勢至菩薩はこの世にあらわれて、私たちを浄土へすすめられる方、これを具体的に言えばよき人あり、宗祖にとっては法然上人でありますが、浄土への道は浄土から法然上人として賜ったと喜ばれるのでありましょう。

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