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| (9)寛政度再建への職人派遣 |
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「信」の寄進に支えられてきた真宗本廟御影堂の御修復は、
今、屋根の瓦降ろし作業が急ピッチで進んでいる |
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もう少し、本山での新発見の『御再建日記』によって、尾張門徒と称された先人たちの再建助成の心を探ってみよう。
寛政度の再建作事は寛政5年(1793)5月下旬の地築(建設地の搗き固め)から開始され、同時に用材の工作も始められた。工作には尾張など、地方から多くの大工・木挽職人が上山したが、その生活費と労賃は職人を送り出した地元門徒が寄進の形で負担した。しかし、地方職人の寄り集まりでは仕上げなどに統一を欠く恐れもあると京都職人が主張し、御所の作事などを行って来た高い技量の京都大工と共同して作事を進めることで合意が成った。京都大工は一日70人と決められ、その労賃についてもまた尾張・三河などの地元から申し出て、門徒が負担することで本山の認可を得た。京都には京職人組合があり、他国の職人には仕事をさせない習慣の中、東本願寺の再建作事は特例として、地方職人の参加が許されたといういきさつもあった。
京都での絶対の権力を持ち、御所へ出入りする特権を得ていた京都大工頭の中井家に対し、本山は次のように頼み込んだ。尾張職人など、地方職人の大半は門徒であって、その門徒職人たちは自分たちの細工を寄進したいと願っており、その背後には地元門徒すべての、「信」を寄進したいとの願いがあってのことなのだからと。
本山に職人を派遣することは、単に人材と技術と諸費用を寄進して助成することではなく、信心そのものを寄せることにほかならないと考えていたところに、今日的に学ぶべきものがあるだろう。助成に際しては、信心に基づいた寄進ができるかどうかが問われるのであり、そのためには信心そのものについて、一人ひとりが自分のこととして考えることが必要である。180年前のわが家の先祖たちが当然のごとくに口にできた「信心の寄進」(信を寄せること)を、自らに深く関わることとして取り戻さなければならない。それには、生まれながらにして真宗門徒「である」ばかりではなく、自ら門徒「になる」精神的営みが求められるであろう。
宗祖は「になる」道を常に示して下さっている。古い時代の本廟再建への尾張門徒の懇念を見るにつけても、日ごろの聞法の大切さを思い知るところである。 |
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