| |
 |
| |
| (19)再建着手と教化による協力体制の形成 |
| |
 |
取持ちへの参加と法義相続は不離であることを説く「再建御消息」
『明治度両堂再建御消息』(名古屋別院所蔵) |
| |
明治12(1879)年5月6〜10日、本山では「大経会上の三尊像」の開眼法要が厳修された。真宗正依の経典『大無量寿経』(大経)が釈迦によって説き出された席上(会席上)に居合わせた三尊者の木像(釈尊・阿難尊者・慈氏菩薩)の新刻披露であった。これには、大経の根本を正しく伝える場所として真宗本廟があることを示す儀式の意味があった。三尊像は後に御影堂門上層に安置され、現在も真宗門徒に大経の教えを聞信し普及する願いを託し続けている。
法要直後の5月12日、本山は両堂再建を発示した。17日には再建事務局を設置し、21日にはすべての門徒に宛てて、
1、有縁の道俗の大悲念報の信施をもって成就するよう、我慢・勝他を慎
むように。
2、勧財を強制する者は相手にしないように。
3、木材寄進を志す者は、材名・長さなどを事前に上申して指揮を受ける
ように。
4、門末への諸依頼は、本山からの書類が存在し、しかも地域の寺院代
表者である組長に事前に通達があった場合に限る。そうでない依頼
には応じないように。
と当面に関する通達を出した。決して募財を前面に押し出すことはなかった。
同年10月には新築再建を急いでいた総会所が落成を見た。総会所は、再建事業に関わる諸国僧侶の詰所として天明8(1778)年の最初の焼失以来設けられ、門徒の人びとのために本山周辺に建てられた諸国詰所を利用する一般門徒に対し、再建の趣旨を説く法話がなされてきた所である。このたびは、僧俗が一所に参集して法義を語り讃嘆する場としての新築であった。本山においてはこの総会所で、地域においては別院を中心に、両堂再建の趣旨と法義相続との一体性を説教する体制の準備がここにおいて整った。
そこで、明治12年11月の仮堂における報恩講御満座を期して、再建御消息の紐解き(初披露)がなされ、事業の本格化へと進みだす。以後、総会所では毎月27日にこの御消息の趣意が伝えられ、地域においては、御消息を携えた本山使僧によって別院で再建趣意の伝達が盛んに行われるようになっていった。間もなく地域からの献木が始まり、木材の集積港には木揚場が開かれ、そこでも説教所が併設されて再建趣旨が繰返し説かれていく。取持ち(寄進)に参加することと真宗信心が同義であることは、このような実際に取持ちに加わることを勧める体制と、実際の教化の実践によって門徒の人びとに説かれ働きかけられた。
日頃の講や繰り返される仏事などを通じて養われてきた信心豊かな人心は、こうして再建助力への傾斜を生み出すことになっていく。門徒の協力態勢が形成されたのであった。 |
| |
| |
| ← 前ページ | 次ページ → ⇒目次 |
| |
| 「教えて真宗!」一覧 |
|
|
|