(20)両堂再建の願い
 
修復のため解体された御影堂下層西面
(東本願寺ホームページ「TOMO-NET」『御修復日記』より転載)
 
 明治の再建にあたり、門首が門末に示した心得には次のようにある(『再建御消息』)。
一、両堂再建は仏祖御崇敬、門末化導のためであるので、名利勝他を
   考えず報謝の実意を尽くすように。
一、僧侶は、如法篤実に教導を怠らず、自行化他の本分を尽くすように。
   門徒は教示に随順して、法義相続するように。
 ここでは、阿弥陀堂は阿弥陀如来の崇敬のための建物、御影堂は門末教導のための建物と位置づけている。再建事業にあたって末寺僧侶たちがなすべきは、自行化他に基づく門徒の教導であり、門徒たちがなすべきは、教えを聞くことに専念して他力信心に至ることであるというのである。
 こうした心得は、それ以前の再建の際にも箇条書きで繰り返し示されてきたが、具体的行動として、僧には門徒教導、門徒には法義相続を求める点で一貫している。門首は、真宗本廟の再建を不信心・未安心の門徒を一人でも減ずる機会と捉え、僧と門徒との関係を教導者と法義相続者の関係と位置づけ、宗祖門流の徒の一人でも多からんことを願ってきたといえよう。その意味で、本山再建への助力とは、単に門徒の家に生まれたことや僧侶の法話にただ接することから、宗祖の教えによって宗祖の願った門徒になることであったといえよう。
 先の心得の一条目にある「名利勝他」とは、僧侶にあっては寺格・僧位の高低、門徒にあっては世間での地位などに基づいて再建助力の行動をすることであり、それらを強く戒めた上で「報謝の実意」、すなわち宗祖の勧める教えによって一身に頂戴した仏恩に感謝して報いようとする姿勢だけを期待している。これは、世間的秩序に準じて寄進を行うなということと共に、そうした秩序を乱してまでの懇志を抑制するものでもあった。それは、先の心得の後に付されたもう一条の、
一、取り持ちのことは、法義相続と離れないことは勿論、一人勝手な
   信心了解を声高に論ぜず、和合して互いに申し合わせて応分に
   行うように。
に示されている。それぞれの地域の信仰の場において、常に聴聞し常に互いの信仰を語って一味同朋の安心を確かめ、常に和合の精神をもって再建助力の懇志に加わるよう勧めたのであった。法義相続の心、つまりは他力の信心をもっぱらにすることが、そのまま御恩報謝の心と同じであるとしている。したがって、実際の再建志は、その金額の高下や施物の多寡でなく、各個人の応分であればそれで良いというのである。
 絶えることのない僧による法義の取り次ぎと、それに応える門徒の信仰生活の日常の確立が、両堂再建に託された願いであった。
 
 
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