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| (30)真宗本廟(両堂)造営は門徒の手で |
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門徒が御恩報謝の信施で支える御影堂は、
御修復が進んでまさに装いを一新しつつある。
(瓦葺き上げ始め式の様子) |
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原点に戻って、宗祖の御影堂が造営された理由を尋ねてみよう。本願念仏を勧められた宗祖は、ご生前から関東同行による仏恩報謝の「こころざし(志)のもの」(『御消息集』)を受けておられた。御示寂の一〇年後、末娘の覚信尼は墓所を廟堂に改め、宗祖の影像を安置した。これが御影堂の創始であるが、その意図は、宗祖のご教化を思慕する門徒たちの報謝の志によって、「もっぱら上人の影堂をまったくする」(『本願寺文書』)ことであった。「まったくする」とは完全にすること、すなわち、宗祖のご教化をご恩と思う御同朋が主体となって、宗祖ご生前の通りに法義が生き、法義の源泉である御影を安置する廟堂が、永続的に整備され続けるようにとの願いが込められていた。御影堂の維持存続は、そのまま真宗法義の相続状況を反映するということである。廟堂には宗祖ご生前のままのお姿があり、そのお膝元において法義の確かめを自らに課すことが毎年の報恩講の意義であった。
門徒としての確かめが報恩講を機縁に続けられ、宗祖の大きな年忌(概ね五〇年ごと)には、宗門として足元の確かめとその時代における存在の意義を問うことがなされてきた。
今般の宗祖七五〇回御遠忌もまた、宗門としての時代に向かう姿勢の確かめがなされつつあるが、同時に両堂のご修復を通した門徒一人ひとりに対し、「宗祖のご教化へのご恩」を本当に感じているのかどうかと迫るものである。真宗本廟両堂は門徒である自分にとって何なのか。廟堂造営に宗祖への報謝の思いを重ねた関東門弟のようになれるのか。「門徒である」といいながら、「門徒になる」ことはできているのか。
私たちの先祖の門徒たちは、両堂造営や焼失によるたび重なる再建への参加助力を通して、身をもって宗祖への報恩と往生への願望を表してきた。また、それには常に教化が先にあった。僧侶方が怠り無く教導を積み重ね、門徒は法義理解を確かめ確かめしながら自らの信仰を終生を通して築いてきた。聴いても聴いても聴き足りず、また得ても得ても逃げる信心の世界を生きながら、いつしかすでに救われている自分を発見してきた。幼い時から命日勤めや寺参りに馴染み、長じては地域の諸役を通じて仏教行事に触れ、門徒の信心生活は培われた。そして、地域寺院や別院、本山の大工事や大法要には、金銭だけでなく、様々なお手伝いを通して信心を表出してきた。米・味噌に代表される現物志、労力奉仕に代表される人足志、工賃などを負担する工作志、そしていわゆる懇志にあたる金納志。報謝の「こころざし」の様態は違っても、すべては信心・報謝が一体となった表われであった。
真宗は宗祖のご教化を措いてない。ご教化に触れ、ご教化に心動かされ、導かれることが信心であろう。それをご恩と感じられるかどうかが今改めて問われている。
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