第9回 観無量寿経
 
仏にあう道を説く 後ろにかくされた念仏
 
  私たちの浄土真宗には根本として、三部経というものが定められていますが、いずれも阿弥陀経について説かれています。この三つの中で、特に観という字をつけてあるのは、このお経だけですが、観というのはみるということで、仏教ではこれが仏に逢う道として教えられています。
  このお経が説かれるには特別な因縁というものがありまして、釈尊が七十歳を越えられた頃に、印度にマガダ国という大国があり、その都を王舎城と呼び、頻婆娑羅王(びんばしゃらおう)と妃の韋提希(いだいけ)夫人がいて、二人の間に阿闍世(あじゃせ)という王子がありました。ところが釈尊の徒弟で、いつも釈尊の地位をねらう提婆(だいば)がこの阿闍世に目をつけ、頻婆娑羅王を殺させて新しい王にさせ、自分は釈尊をなきものにして新しい仏になる、こんな悪だくみを考えて阿闍世をそそのかせ、遂に父の頻婆娑羅王を殺させるという事件を起こしました。更に阿闍世はそれを何とか止めようとした母の韋提希をも捕らえ、牢獄に監禁したのであります。
  現に自分の生んだ子供のために、夫は殺され我が身は牢獄になげこまれる。一番たのしみにしている我が子から何もかも(夫も地位も)奪われ、世の中に何のたよりも失った韋提希は救いを釈尊に求めます。釈尊はその願いに応じて牢獄にお出ましになり、苦悩のどん底にあえぐ韋提希を代表者として、苦悩の人間の唯一の救いを念仏としてお説きになったのがこの観無量寿経であります。
  観という字がついていますのは、先ず釈尊が仏教の建前にもとづいて、仏に遇う方法が観でありその手掛かりを十三通りで示されていますのでこの字がついています。あれやこれやの思いをこらして仏をみる。これが一応の建前でありますが、更にそういうことの出来ないものに対しては、日常生活の中から少しでも仏に近づくことを心がける道をも合わせて説いていられます。ということは、どんな人間で仏法に引き入れようという広いお心なのでしょう。観無量寿経の内容はみることと心掛けること、一応そういうものであります。
  ところが更に深くこのお経を見つめると、いま申した内容の間から、ちらっと念仏が姿をあらわしています。ちょうどたとえるなら一面の雲の間にちらっと竜の眼がみえ爪がみえるようなもので、それによって大きな竜が雲の中にいることを一番はっきりおさられたのがわが親鸞聖人であります。なぜ念仏をかくしたような形で説かれたのでしょうか。それは私たちに得てして出来もしないものを出来るように思う自力の心がある、だから出来ぬことを知らせて念仏の救いを示されたのであります。人間の終わりが本願の初めであることを、これほど知らされる経典はありません。
 
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