『お精入れ』『お精抜き』ってどういうことですか?
 
 本来浄土真宗では、「お精入れ」とか「お精抜き」という言葉は使いません。しかし、真宗門徒の多くは、仏壇(お内仏)の購入、洗濯、あるいは新しいお墓を建てたり、また法名を刻むときなど「お精入れ」「お精抜き」と称して、僧侶に「お勤め」していただいているかもしれません。ただ、今は、その「お勤め」の善し悪しを言うのではありません。むしろ、「お精入れ」「お精抜き」と称して行っていることが、本当に仏事となっているかどうかあらためて問い直すべきでしょう。
 
 一般社会では「仏作って魂入れず」の感覚で、「精」を見ているかもしれません。ただ人々は、僧侶に「お勤め」してもらって、本当に「精」が入ったり抜けたりすると信じているのでしょうか。「お勤め」している僧侶の一人として、そんな器用なことはできません。

 ではなぜ「お勤め」するのでしょうか。

 私たちは、仏壇を新しく購入して、皆で初めてお参りする法要を「お入仏のお勤め」「お敬い報恩のお勤め」と言っています。また仏壇を洗濯するとき、しばらくお参りできませんので「お別れのお勤め」「お礼報謝のお勤め」と言っています。ですから、あえて「お精入れ」「お精抜き」という言葉遣いにはこだわっています。たとえ、「お勤め」という行為は同じであっても、当事者にとって、恐れ祟りから逃れるため、あるいは全く意味不明のまま惰性で行っているのと意味が違います。

 浄土真宗の仏事は、浄穢善悪に執している私に気づき、本当の教えに出会うことが大切です。ですから、浄土真宗の教えは、どこまでも「仏恩報謝」のお念仏に生きることが主目的ですので、仏事をご縁として『正信偈』を僧俗共に「お勤め」するのがよいと思います。 
 
リーフレット「真実の教えに出遇う」Aより   (中村 薫 同朋大学教授)
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