浄土 −ピュアランドー
 宇宙からみる地球の姿は、世にも美しい光景だと言われます。それは海や雲が青く輝くからでしょうか。そして、宇宙飛行士が地球に帰還すると、これが同じあの美しい清らかな地球なのだろうかと、思うことがあるようです。
 たしかに南方の島々には、この世の楽園のような美しい所があるようですが、そこには人があまり住んでいないのではないでしょうか。概して、自然本来の美しい景色は、人間のいない所に見られるようです。逆に言えば、人間が美しさや自然を壊したり、あるいは濁しているようです。
 それだけではなく、国と国の争いごとや、そのための軍隊や武器を無くせません。場合によっては戦争をして、人間同士で殺し合います。また、平和であっても経済発展のために、自然や環境を壊してしまいます。
 こうしてみると、人間は清らかで清純なものを、壊したり濁りに変えるという「業」をもっているようです。
 「浄土」という言葉を、英語でピュアランド(pure land)と訳された有名な先生があります。ピュアとは純粋とか濁りの無い清浄、という意味です。つまり、浄土とは浄らかな濁りの無い世界という意味になり、逆に人間世界は、人間により、清らかであってもそれを失わせ、濁らせてしまう、ということになります。これは阿弥陀様の教えや救いのはたらきまでも、人間の根性(煩悩)で粗末にしたり、聞く耳を失わせたりもします。
私たちは、ついついお浄土(極楽)は行く世界だと思っていますが、それより先に、人間は本来清らかな場所を清らかでなくする救われ難い業を宿していることに、まずお浄土から気づかされねばなりません。どこまでもピュア(清浄)から背を向けて歩む私たちに、阿弥陀様のお浄土の呼び声が「ナムアミダ仏」のお声となって届けられております。これに耳を閉ざし続ける人間の深い業に、繰り返し、繰り返し、とどまることなく、たしかにナムアミダ仏のお声が届いてくださった喜びと謝念を、親鸞聖人は「如来大悲ノ恩徳ハ、身ヲ粉ニシテモ報ズベシ・・・」と謳われました。
青木 馨(同朋大学講師)
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